挨拶にかえて

法大314事件というのがあった。2006年初頭に生じ、逮捕者がコンスタントに出る法政大学といえど、29人もの逮捕者が出るのは数年ぶりであったろう。これがいわゆる314事件と言われ、現在まで続く「法大斗争」と呼ばれる一連の学生運動の端緒とされる。
ドキュメンタリー映画である『314存在斗争』シリーズはこれをモチーフに製作されている。

現在まで第一作『314存在斗争』、『凡庸の政治学』、『サミットへの道すがら』、『24日後の憂鬱』、『存在と抵抗』といった第五作目まで製作され、場所を変え、上映されている。
このたび、第63回自主法政祭を控え、これらをustream上で上映することになった。インターネット上という非‐場所あるいは非‐劇場という性質を持つ空間で行うことは劇場という中で位置づけられてきた映画というメディアにとっては試みであるに違いない。
だが、そういった試みが現在、決して行われていないかというと別である。

今回、いくつかのブログにリンクを貼らせてもらったが、いくつか戸惑いがあるだろう。その多くは、モチーフとしている映画が現在の法大の運動ではなく、過去の事実に対するドキュメンタリーであるからだ。
だが、そもそも、私の製作した映画は、その時々にあった事実に対する私の立場の表明なのである。それは報道ではなく、批評が近いものだ。
かつて、学友会解体、いくつかの大量逮捕、日常的な嫌がらせが生じ、現在では自主法政祭のサークル選別が焦点である。しかし、これまで生じていた事件のひとつひとつが終わったわけではない。仮に「法大斗争」が集結したとしても、弾圧され/した事実が残り続けるのと同様に、映画も残り続けるだろう。

『314存在斗争』では、サークルからの中核派排除問題を追い、『凡庸の政治学』では、学友会というサークル自治組織の解体を巡る学内の様子を描く。『サミットへの道すがら』では、学友会解体とともに非公認化された文化連盟が運動を始めていく。『24日後の憂鬱』では文化連盟が逮捕されていく中で残った周辺のものたちが運動を巡って葛藤する。『存在と抵抗』では06年以来の活動家を追い、現在までの運動の継承を描く。

これらに共通するのは、製作者である私と被写体であるそれぞれの登場人物との関係性が存在するというものだ。youtube上にあがっている断片的な映像では表現できなかった被写体と私との「近さ」がこれらの映画を上映する上での強みである。

以上、挨拶にかえての作品解説だ。

ustream

http://www.ustream.tv/channel/zootrotsky

10月30日18:00〜『314存在斗争』
11月1日19:00〜『凡庸の政治学
11月2日19:00〜『サミットへの道すがら』
11月3日19:00〜『24日後の憂鬱』
※今回は『存在と抵抗』は上映いたしません。